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【語源で覚える】incline|「クライアント」も、実は傾いている

著者情報
【著者:鈴木一世(イッセー)】

現役大学教員・カウンセラー。
  専門の「第二言語習得理論」と「心理学」に基づき、氷河期世代・非正規雇用・転職に関わるリスキリング戦略をデータで解説。挫折しそうな人のための、脳と心の攻略ガイド。  

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仕事で毎日のように使う「クライアント」。英語の client です。顧客、依頼人・・・そう訳して終わりにしている人が、たぶんほとんどだと思います。

ところがこの単語、もともとは「誰かに寄りかかって、守ってもらう人」を指していました。古代ローマでは、有力者(patron)の庇護を受ける平民のことを cliens と呼んでいたんです。patron(後援者)と client(寄りかかる側)は、最初からペアで生まれた言葉でした。

では、何に寄りかかっているのか。この「寄りかかる=傾く」こそが、今日の主役である incline の後半、cline の正体です。

同じパーツは、ニュースでおなじみの decline(減少する・断る)にも、座席の recline(リクライニング)にも入っています。さらに、京都の南禅寺のそばにある「蹴上インクライン」・・・春に桜並木の散策路として写真が出回る、あのレール。明治23(1890)年に完成した傾斜鉄道で、あれもそのまま英語の incline です。

顧客も、減少も、リクライニングも、坂も、全部「傾く」。違いは、どっちへ傾くかだけなんです。

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incline を分解してイメージで覚える|後ろの cline が意味の中心

incline をパーツで見ると、こうなります。

in(中へ・〜のほうへ)+ cline(傾く)

意味の中心は、後ろの cline。ラテン語 clinare「曲げる・傾ける」で、英語の lean(もたれる・傾く)と同じ、とても古い仲間です。ここが「傾く」だと知っていれば、cline/clin の付く単語はまとめて見通せます。

そこへ頭の in(中へ・〜のほうへ) が付く。だから incline は「こちらへ傾ける」が出発点です。

単語頭のパーツ傾く向き意味
inclinein(中へ・〜のほうへ)こちらへ傾ける、気が向く
declinede(下へ)下へ減る、断る、衰える
reclinere(後ろへ)後ろへもたれる、倒す

同じ「傾く」を、向きだけ変えて3つに作り分けている・・・ラテン語の単語の作り方が、きれいに見えてくる並びです。

覚え方のコツを一つ。incline の in を「自分のほうへ」と読んでください。体を相手のほうへ傾ければ「うなずく・会釈する」、気持ちを相手のほうへ傾ければ「その気になる・乗り気になる」。坂が自分のほうへせり上がってくれば「上り坂」。全部、同じ一枚の絵です。

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incline の基本の意味と使い方

incline は動詞と名詞の両方で使えます。顔は3つありますが、どれも「傾く」から枝分かれしているだけです。

① 体を傾ける(動詞・他動詞)

  • He inclined his head in agreement.(彼は同意してうなずいた)

少し古風で、きちんとした響きがあります。nod(うなずく)より控えめで、bow(おじぎ)より小さい動き・・・そのあいだを埋める語です。

② 気持ちが傾く(動詞・自動詞/他動詞)

  • I incline to the view that we should wait.(私は待つべきだという考えに傾いています)
  • His honesty inclined me to trust him.(彼の誠実さが、私を信頼する気にさせた)

この「心が傾く」の使い方が、実務では圧倒的によく出ます。後で触れる be inclined to も、ここから生まれた形です。

③ 坂・傾斜(名詞)

  • a steep incline(急な上り坂)
  • a gentle incline(ゆるやかな坂)
  • The treadmill incline is set to five percent.(ランニングマシンの傾斜は5%に設定されている)

ジムのランニングマシンにある「INCLINE」のボタンも、まさにこれです。

発音の注意点が一つ。 動詞は inCLINE(インクライン/後ろにアクセント)、名詞は INcline(インクライン/前にアクセント)が基本です。record や present と同じ、「名前は前・動きは後ろ」のパターン。日本語の「インクライン」は名詞なので、前にアクセントを置くほうが英語に近くなります。

使い分け|be inclined to・tend to・apt to・feel like

「〜しがち」「〜する気がある」を表す形は複数あります。温度差を押さえておくと、メールでも会話でも精度が上がります。

  • be inclined to・・・気持ちがそちらへ傾いている。控えめに自分の意見を言うときに重宝する。断言を避けられる。
  • tend to・・・客観的に見て「そうなることが多い」。傾向の観察。
  • be apt to・・・そうなりやすい性質がある。ややネガティブな結果に使われがち。
  • feel like -ing・・・くだけた「〜したい気分」。会議の発言には向かない。

実務でいちばん効くのは I’m inclined to ~(私としては〜かと思います)です。I think よりやわらかく、Maybe より芯がある。会議で反対意見を述べるときや、まだ結論を固めたくないときに、角を立てずに立ち位置を示せます。

  • I’m inclined to agree.(どちらかといえば賛成です)
  • I’m inclined to think we need more data.(もう少しデータが要る気がしています)

逆向きの disinclined(気が進まない)も同じ理屈です。dis(離れて)+incline で「気持ちが離れるほうへ傾く」。I’m disinclined to rush this.(これを急ぐのは気が進みません)のように、No を直接言わずに済ませられます。

clin(傾く)でつながる単語ネットワーク|意外な顔ぶれ

cline/clin(傾く)は、思いがけない単語にも入り込んでいます。ここが incline を覚える最大の見返りです。

単語意味イメージ
client顧客、依頼人「人に寄りかかる者」。古代ローマで、有力者(patron)の庇護を受けた平民が cliens
proclivity(〜への)性向、クセpro(前へ)+clivus(斜面)=前へ傾くクセ
acclivity上り坂ad(〜へ)+clivus=のぼっていく斜面
declivity下り坂de(下へ)+clivus=くだっていく斜面
leanもたれる、傾く同じ古い根から来た、英語本来の語とされる
ladderはしご「立てかけて傾けるもの」から来たとされる
anticline(地質)背斜anti(反対に)+cline=中心から左右に傾いた地層
thermocline(海洋)水温躍層thermo(熱)+cline=水温が急に傾く層

いちばん驚かれるのが client です。ビジネスで毎日使うあの単語が、「誰かに寄りかかって保護を求める人」という成り立ちだった・・・と知ると、client と patron(後援者)がペアで生まれた言葉だということまで腑に落ちます。

冒頭で触れた client も、この表のとおり clin 一族です。「寄りかかる人」が顧客になるまでの道のりを知っておくと、customer(買う人)との違いも見えてきます。customer が「レジで対価を払う人」なら、client は「専門家に身を預けて相談する人」・・・弁護士や会計士、コンサルタントの顧客が client と呼ばれるのは、この語感が残っているからです。

clemency(寛大さ・減刑)も、伝統的にはこの仲間とされてきました。「権力を持つ側が、罰する手をゆるめて相手のほうへ身を傾ける」というイメージです。ただし、この結びつきには音韻面から疑問を示す研究者もいるので、「そう言われている」ぐらいに受け取っておくのが安全です。

なお、ギリシャ語側へ枝分かれした climate(気候)・clinic(診療所)・climax(最高潮)も、もとは同じ「傾く」です。こちらは別記事で扱っているので、そちらへどうぞ。

ひとつだけ注意。 climb(登る)は、つづりが似ていますがこの仲間ではありません。climb は「しがみつく・くっつく」から来た別ルートの語です。ここだけ切り分けておくと、混乱しません。

派生語|incline まわり

単語品詞意味発音
incline動詞傾ける、気が向くインクライン /ɪnˈklaɪn/
incline名詞坂、傾斜インクライン /ˈɪnklaɪn/
inclined形容詞〜したい気がする、傾いたインクラインド /ɪnˈklaɪnd/
inclining形容詞傾きつつあるインクライニング
inclination名詞傾向、意向、傾斜(の角度)インクリネイション /ˌɪnkləˈneɪʃən/
inclined plane名詞句斜面(てこ・滑車と並ぶ基本的な機械の一つ)インクラインド プレイン
disincline動詞〜する気をなくさせるディスインクライン
disinclined形容詞気が進まないディスインクラインド
disinclination名詞気が進まないことディスインクリネイション

inclination は、「性向」と「傾斜角」の二枚看板です。I have no inclination to argue.(議論する気はありません)のような心の話にも、the inclination of the roof(屋根の傾斜)のような物理の話にも使えます。中学理科で習う「斜面」が英語で inclined plane なのも、ここから来ています。

TOEIC・英検での出題傾向

incline そのものが難問で狙われることは多くありませんが、形を変えて顔を出すタイプの語です。

TOEIC では、Part 5・6 の語彙問題で be inclined to do が選択肢に並ぶことがあります。後ろが to 不定詞である点(be inclined doing は誤り)を押さえておけば取り切れます。読解では、メールや議事録で I’m inclined to ~(どちらかといえば〜したい)という、結論を保留する言い回しとして出てきます。名詞の incline/inclination は、工事・施設の案内文で「傾斜」の意味で登場します。

英検では準1級あたりから、inclination(性向)や be inclined to が読解語彙として出てきます。難易度より「見たことがあるか」で差がつく語なので、語源ごと一度通しておくのが得策です。

英文で確認|翻訳練習10問

英文を見たら一度止めて、和訳を書いてみてください。答え合わせは記事の最後にまとめてあります。

  1. The path inclines gently toward the river.
  2. I am inclined to agree with you on this.
  3. She inclined her head and smiled at the child.
  4. You may feel inclined to rest today, and that is perfectly fine.
  5. His quiet honesty inclined me to trust him.
  6. Our team is inclined to take the slower but safer route.
  7. A gentle incline is much easier to walk than a steep one.
  8. Your inclination to help others is a quiet kind of strength.
  9. He was disinclined to argue, so he simply listened.
  10. If you are inclined to begin, today is a good day to start.

語源メモ|「こちらへ傾ける」から始まった言葉

incline は、1300年ごろの英語に encline というつづりで現れました。古フランス語 encliner「もたれる・身をかがめる」を経て、ラテン語 inclinare「傾かせる・曲げる・そらす」にたどりつきます。分けると in-(中へ・〜の上へ)+ clinare(曲げる)。この clinare は、さらに古い印欧祖語 *klei-「傾く・もたれる」から来ています。

面白いのは、意味の順番です。英語の incline は、まず「体を傾ける」という物理の動作として入ってきて、「気持ちが傾く」という比喩は15世紀初頭に育ちました(ラテン語の段階ではすでにあった用法です)。

ところが名詞の incline は逆で、1600年ごろにまず「心の傾き」として現れ、「坂・傾斜」という物理の意味が記録されるのは1846年、鉄道の文脈からです。京都のインクラインが明治23年ですから、日本に入ってきたのは、この鉄道用語が英語で生まれてから半世紀ほどあと・・・という計算になります。カタカナの「インクライン」は、英語でもかなり新しい層の意味を、そのまま輸入したものだったわけです。

もう一つ、古い顔が残っている場所があります。聖書の英訳(欽定訳)にある incline thine ear「耳を傾けよ」です。日本語の「耳を傾ける」とほぼ同じ発想で、incline のいちばん古い「こちらへ傾ける」が、そのまま化石のように生き残っています。

※ 頭の in- には「中へ」と「〜でない(否定)」の2つの顔がありますが、incline の in- は前者、「中へ・〜のほうへ」です。この見分け方は、別記事で詳しく扱っています。

まとめ

incline は、in(中へ・〜のほうへ)+ cline(傾く) で「こちらへ傾ける」。体が傾けば会釈、気持ちが傾けば「その気になる」、地面が傾けば「坂」です。

  • cline(clinare)・・・傾く。これが意味の中心
  • in(中へ)・・・decline(下へ)、recline(後ろへ)との違いは、この向きだけ
  • 実務の武器・・・I’m inclined to ~(どちらかといえば〜です)で、やわらかく立ち位置を示せる
  • 意外な一族・・・client は「人に寄りかかる者」、proclivity は「前へ傾くクセ」
  • climb(登る)は別ルートで、この仲間ではない

同じ「傾く」でも、下へ傾けば decline、後ろへ傾けば recline、そしてこちらへ傾けば incline。向きが変わるだけで、言葉の表情はこれだけ変わります。

incline の語源ワードマップ。中心は incline(=こちらへ傾ける)で、in(中へ・〜のほうへ)+cline(傾く/ラテン語 inclinare)に分解。向きで比べる3語(incline=こちらへ/decline=下へ/recline=後ろへ)、clin 一族(client / proclivity / acclivity / declivity / lean / ladder)、覚え方のヒント(クライアント=寄りかかる人、be inclined to =どちらかといえば、climb は別ルート)の4クラスタに整理した図。
  • 語源・中心:in(中へ・〜のほうへ)+ cline(傾く)=「こちらへ傾ける」
  • 向きで比べる:incline(中へ)/decline(下へ)/recline(後ろへ)
  • 意外な clin 一族:client/proclivity/acclivity/declivity/lean/ladder
  • 使い方のヒント:be inclined to =やわらかい「どちらかといえば〜」

NAWL(New Academic Word List)・BSL(Business Service List)収録語

この単語は NAWL(学術) と BSL(ビジネス) の両方に集録されています。学術英語でもビジネスでも頻出する、汎用性の高い一語です。

出典:New General Service List Project

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翻訳練習の解答

  1. その小道は、川のほうへゆるやかに傾斜している。
  2. この件については、どちらかといえばあなたに賛成です。
  3. 彼女は軽く会釈して、その子にほほえんだ。
  4. 今日は休みたい気分かもしれない。それでまったくかまわない。
  5. 彼の静かな誠実さが、私を信頼する気にさせた。
  6. うちのチームは、遅くても安全な道を選ぶ傾向がある。
  7. ゆるやかな坂は、急な坂よりずっと歩きやすい。
  8. 誰かを助けたいと思えること。それは、静かな強さだ。
  9. 彼は言い争う気になれず、ただ黙って聞いていた。
  10. 始めたい気持ちがあるなら、今日がその日だ。